壊れた漁具や道路標識、ホタテの貝殻などで装飾した大震災のがれきみこし=日本の文化力東北に健在なり


Jiji com 写真はこちらhttp://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/?1309087513
大震災のがれきを組んで作ったみこしが26日、宮城県石巻市渡波地区にお目見えした。同市でボランティア活動を行っているNPO法人「オンザロード」が企画。壊れた漁具や道路標識、ホタテの貝殻などで装飾した

日本の文化力の素晴らしさは一般庶民の文化力が高いと言うことだ。特に東北という土壌はさまざまな民間文化を育んだ。坂之上田村麻呂が東北を平定(?属国化?)して以来 東北は搾取されっぱなしの歴史だった。近年では集団就職(1) 出稼ぎ(2) と吸い取られ放題で今度は原発で政府によって切り捨てられた棄民の運命....そんな中でがれきを組んで作ったみこしが生まれた!! この文化力!!人間力!! これぞ東北だ!! 東北の人を捨てたらダメだ。 これだけはダメだ。国の宝は土地でも資源でもない。人だ。国は人なりだ。 東北の人を捨てる....こんなこと絶対許されない!!東北の人を捨てようとしている政治家 官僚はいずれ捨てられる....そういう日本に変わらなければ日本はおだぶつだ。

(1)集団就職
在りし日/惜別 あゝ上野駅
http://41-31.at.webry.info/200709/article_2.html

戦後日本の復興も軌道に乗り、経済の基盤が一段落したのに合わせ世の中に好況の風が吹き始めた頃、いわゆる“神武景気”“岩戸景気”といわれた昭和30年代の高度成長が始まろうとしていた頃、あの井沢さんの歌「あゝ上野駅」でも知られる集団就職列車が、1954(昭和29)年に運転を始めている。
 その舞台ともなった上野駅の“18番線”はすでにない(1999年9月消滅)が、地方の中卒者層を都会に吸い上げ都市部の人手不足を解消しようという国の一大プロジェクトとなった集団就職列車は、全国の各地方から数多の若者を都会に運び、1976(昭和51)年まで22年間続けられた。

井沢 八郎(1937年3月18日 - 2007年1月17日)は日本の演歌歌手。青森県弘前市出身。女優の工藤夕貴は実子。
初音ミクの歌で.....

(2)出稼ぎ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E7%A8%BC%E3%81%8E
....出稼ぎは近代の昭和戦前期や昭和戦後の高度成長期(1970年代まで)に顕著で、主に東北地方や北陸・信越地方などの寒冷地方の農民が、冬季などの農閑期に都市部や首都圏の建設現場などに働き口を求めて出稼ぎして来ることが多かった。
一方で、昭和戦前期には農村や山村などにおいて他村から製炭などに従事する労働力を受け入れることもあった。

出稼ぎ者の所得確保の一方で、高度成長による多大な需要から労働者不足に悩む都市部への重要な労働力供給源となった。

雪国出身の田中角栄が首相となり、出稼ぎがなくとも雪国でも暮らせるようにと、日本列島改造論を唱え、全国での公共事業が増え、次第に出稼ぎの数は減っていった。....
吉 幾三(よし いくぞう、1952年11月11日 - )歌手、作詞家、作曲家である。青森県北津軽郡金木町(現在の五所川原市)出身。

津軽鉄道ストーブ列車車窓 津軽中里〜津軽五所川原

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