日米同盟強化ですべて解決と、米国一辺倒戦略に埋没している今の日本


エコ&ピース月刊誌Actio
http://actio.gr.jp/2010/12/07133829.html
米国追随から脱却し普天間基地の県外移設を 
元外務省国際情報局長・孫崎享さんインタビュー
2010年12月7日 by taketake in インタビュー一覧, インフォメーション

  • 尖閣諸島「棚上げ論」の英知こそアジア平和の要


尖閣諸島(中国名・釣魚群島)での中国漁船衝突問題を契機に、中国への批判が高まっている。中国警戒論の台頭と同時に、普天間基地辺野古に移設して日米同盟をさらに強化すべきとの主張も強まっている。日本の外交はどうあるべきか、元外務省国際情報局長の孫崎享さんに聞いた。 [1310magozaki]


<領土問題には歴史的経緯がある>


◆中国政府の強硬姿勢が批判されています


 今回の尖閣諸島での日中間の対立を理解する上で重要なのは、この海域を巡る歴史的経緯をきちんと押さえることです。

  • 1972年の日中国交正常化の際、周恩来は「小異を残して大同につく」と言い、尖閣諸島の問題を棚上げにしました。
  • 1978年8月の日中友好平和条約調印では、尖閣諸島などの領土問題は協議案件にせず、将来に先送りする形になった。
  • さらに2000年6月発効の日中漁業協定では、尖閣諸島周辺海域では自国の船だけを取り締まるとしました。

 だから日本の領海内でも中国船を追い払うだけで「実力行使」を避け、この漁業協定を適用してきた。
 今回その経緯を逸脱して仕掛けたのは、中国ではなくむしろ日本の方なのです。


 日本のマスコミは「日米同盟が揺らいでいるから、中国は尖閣諸島で問題を起こしたのだ」と言いますが、もし中国が本格的にやる意図を持っていたら、1978年4月のような事態になっていたはずです。
 この時、中国は100隻もの漁船を尖閣諸島周辺に出し、日本の120海里以内に10隻以上の船が侵入しました。
 それと比較すれば、今回の事態は意図的におこなったものではないと言えます。


 ところが菅政権発足の初閣議で、菅総理質問趣意書に答える形で、一方的に「日中間に領土問題は存在しない」と宣言した。
 領土問題は一朝一夕では解決できない複雑な問題で、歴史的経緯を踏まえて交渉していくしかありません。
 ところがそれを無視して一方的に主張すればどうなるのか?


 尖閣問題の直後にロシアのメドベージェフ大統領が北方領土を訪問しましたが、まさに日本の尖閣問題への対応を逆手にとられたわけです。


 日本が「尖閣諸島は領土問題ではない。国内法で処理する」と主張することを受けて、ロシアもまた「北方領土で領土紛争は起きていない。国内法に基づき国内建設をする」と主張したのです。
 中国への一方的な宣言が、今度は自分に跳ね返ってきたわけで、日本は「北方領土の返還交渉で外交配慮してくれ」と言えなくなってしまったのです。


<「棚上げ論」を反故にする菅政権>


◆これまでの経緯を踏まえた外交が必要ですね


 過去、外務省は日中国交正常化をおこない、日中平和友好条約を締結してきました。
 条約などを定めるときには、それをやるだけのロジック、理由付けがありました。
 日中問題を考えるには、こうした条約や漁業協定をなぜ中国と結んだのか、その理由を少なくとも国民に知らせるべきです。
 そして今になってそれを放棄するとすれば、何故放棄するのかを示すべきです。


 菅直人首相は、国交正常化の際に日中双方が尖閣諸島の問題について触れないとしたことについて、「約束は存在しない」と否定する政府答弁書を決定しました。
 私は、尖閣諸島に関する「棚上げ論」は大変な英知であったと思います。
 その英知を今、政府は切り崩しています。


 それどころか棚上げの合意がなかったと、事実さえもねじ曲げるならば深刻な由々しき事態です。
 いくら自分たち政治家が政策をリードすると意気込んでも、事実までねじ曲げるのは良くない。これは日本国民にとって明らかにマイナスです。
 むしろ「棚上げ論」の過去の経緯については、外務省の官僚こそ積極的に国民に説明しなければいけないはずなのに、今誰もしていません。


 結局今の日本は、周辺国との問題についても日米同盟を強化すればすべて解決すると、米国一辺倒の戦略に埋没してきちんと物事を考えていないのです。


 しかし日本を取り巻く環境は変わりつつあります。米国の指導者はすでに、日本よりも中国との関係を重視し始めています。
 いつまでも米国についていったら面倒を見てくれる時代ではありません。日本は独自の戦略を考えなければいけない時なのです。

 (続きは本誌1310号でご覧ください)
http://actio.gr.jp/2010/12/07133829.html


プロフィール▼ 孫崎享(まござき・うける)
1943年旧満州国鞍山生まれ。1966年東京大学法学部中退、外務省入省。英国、ソ連、米国(ハーバード大学国際問題研究所研究員)、イラク、カナダ勤務を経て、駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を歴任。2002〜09年まで防衛大学校教授。
著書に『日本外交 現場からの証言』(中公新書)、『日米同盟の正体』(講談社)、『情報と外交』(PHP研究所)、『日本人のための戦略的思考入門』(祥伝社)など多数。