「ウオーターゲイト」事件のデープ スロート

Mapple2006-04-24




写真:元FBI次官(second-in-command)マーク フェルト氏(W. Mark Felt)カリフォルニア、サンタ ローザでレポーターに挨拶。左は娘のJoanさんと家族の友人、Gary Bricker。May 31, 2005.
Chronicle photo by Eric Luse

ニクソン元大統領を1974年の退陣に追い込んだ「ウオーターゲイト」事件。大統領が盗聴したということでワシントン ポストの記者ボブ ウッドワード(Bob Woodward )とカール バーンスタイン(Carl Bernstein)が事件を追及しこれをすっぱ抜いて、当時一大センセーションを巻き起こし映画にもなった。この事件のニュース ソースは「デープ スロート」と呼ばれ正体は明かされず、数人の人が候補に挙がっていた。「デープ スロート」という名は1970年代にヒットしたポルノ映画の題名が使われそうだ。

マーク フェルト氏(92才)は同アーティクルを扱ったヴァニティー フェアーを書いたジョン オコナー(John D. O'Connor)氏に「自分がデープ スロートと呼ばれていた男だ」と始めて明かした。

「ウオーターゲイト」スキャンダルを扱った映画は二人の記者が事件を追っていくにあたって「デープ スロート」からの電話に導かれてどんどん深いところまで入り込んでいき、やがて張本人が大統領というところにたどり着く。その時の記者の驚愕。それはまた、当時のアメリカの大衆の驚愕でもあったはずだ。
大統領という立場の人がこういう汚い手を使うはずがない。大統領はアメリカという公明正大な国のトップに立つ人である..という感覚が当時はまだあったのだろう。

それまでの大統領にしても数々のスキャンダルを内在していてもそれを隠すことができた。ニクソンの時に始めてスキャンダルとして公衆の前にさらされたということだったのではないか。
言ってみれば、ニクソン以来アメリカ人にとって「大統領」という高邁な存在は巷の泥にまみれた。

マーク フェルト氏によると、ワシントン ポストの記者ボブ ウッドワードはニュース ソースの人間の存在は絶対に伏せるという約束を破って、政府高官からニュースを得たことを印刷物に書き、その人物に「デープ スロート」という名前をつけて発表した。約束を破っったことについてマーク フェルト氏は深い憤りの念をもっているとヴァニティー フェアーの中に書かれている。

隠されたものがより明らかにされていく。そういう風潮になってきた。政治はおとぎ話ではないのだからこういう世の中になってきた陰に多くの人々の尽力があったと思う。今、ラジオ、新聞ではマーク フェルト氏はヒーローか、犯罪者かということが取りざたされているが、おおかたは彼の勇気を賞賛しているのではないだろうか。
特に今は大衆は事実を知ろうとしている。より多くの人々が政治の動向に目を光らせているとも言えよう。同時にそういう風潮を利用して「あばく」ことにのみ精力を注ぐ弊害も無視できないのではないかと思うのだが。